決して「高嶺の花」ではない時代に寄り添う「いけばな」の世界 華道家 大谷美香

草月流師範会理事 1968年生まれ。聖心女子大学卒業。
1990年草月流に入門し、故富田双康先生に師事。日本テレビ系列連続ドラマ「高嶺の花」でいけばな監修を担当。ドラマ中全174作品を制作し話題となる。
https://www.atelier-soka.com/
https://www.instagram.com/mikaotani_flowers/

レセプション会場の空間演出や映画などの撮影時の装花を手がけ、海外では多くの観客の前で華やかなデモンストレーションも行う華道家の大谷美香さん。1990年の草月流入門以来30年以上のいけばな歴を持つ大谷さんですが、意外にも華道家としての活動を開始したのは2011年。「自分は何のために生きるのか」と考えた時に溢れ出したいけばなへのひたむきな気持ちが大谷さんの原動力。生きとし生けるものへ向ける視線とそこから生まれるクリエイティブな発想、植物を育む庭に対する思いなどを伺いました。

「自然そのもの」と「自分の心」
一期一会の出会いで織り成す

華道家になる以前は、出版社の雑誌編集者を経てウェブ広告や記事のフリープランナーとして活動。撮影のスタイリングも手がけていたので生花などを用いたテーブルコーディネートを提案することもありましたが、あくまでも仕事の一部でした。フリーになった当初からいけばなを仕事にしたい気持ちはありましたが、どこか踏み出せずにいたんです。そんなとき東日本大震災が起きました。これからどう生きたいかを深く考える機会となり、このままでは後悔すると思ったんです。そこで「いけばな」を本業にしようと決意。プランナーを辞してサロンを開き、華道家としての活動をスタートさせました。

いけばなの魅力は枝や葉、新芽や木の皮。時には枯れた花や土、石まで自然の中にあるすべてのものが材料となるということ。「自然そのもの」を相手にすることがいけばなであり、花が主役となるフラワーアレンジメントとの違いはそこにあると思っています。また、その時々の自分の心が反映されるのもいけばなの面白さであり、怖さです。同じ材料を使ったとしても、心の状態によってまったく違う作品になる。「そのときの自分自身」と「そのときに手にした花や草、木々」のめぐり合わせによって織り成していく、まさに一期一会のものなのです。

映像作品の世界観に寄り添い
華麗に変化する装花を提供

いけばなをもっと世に広めたいと言う思いから、ドラマや映画の装花を手がける機会も増えました。映像の彩りとして依頼される装花ですから「シーンに合わせる」「登場人物の心情を伝える」といったそれぞれの依頼に応じて、作品の世界観に添うよう心がけています。例えば、ある映画では「主人公の敵が住んでいる館の花をいけてほしい」という依頼がありました。また登場人物が華道家という設定のドラマ内で「ギラギラと野心があり、どこか邪悪さを感じるような花」をオーダーいただいたこともあります。そうやって完成したものは、自分自身で作品作りする際には決して作らないような雰囲気のものも多く、自分自身が一番その完成を楽しんでいます。日常とは異なる世界観や自分とは違う人物の視点を持つことで新たな発見もあります。一目で誰が手掛けたか分かる作品だけではなく、「あんな作品も作るんだ!」と周囲を驚かすことができる、そんなカメレオンのような存在になるのが私の目標。渋いものも華やかなものも作ります、そして邪悪な(笑)ものも作りますよ…そんな華道家でありたいです。

ゲストの歓喜の声こそが
デモンストレーションの醍醐味

2018年に放送されたドラマの中で「後ろいけ」というシーンが出てきますが、これは草月流のいけ方を参考にされたものです。草月流にはデモンストレーション(デモ)と呼んでいる、制作過程をお客様に見せるパフォーマンスがあります。正面から見てどのようになっているかをまったく見ない状態でいけるので、花をいける本人も、完成後に飾られている作品を見て、初めて自分が花をどういけたかを目にすることになるのです。

これまで海外でも数多くのデモを行ってきましたが、あらかじめどのような作品を作るかを日本で決めて、花材なども想定していくのではなく、その地の花材を用いて作品を作るのが私の流儀です。その理由は香港であれば自分の感じる香港らしさを、ローマであれば作品にローマの雰囲気を出したいと思うから。先ほどもお話ししたように、いけばなは一期一会。場所が違えば、花材も違います。そしてそこに向き合う自分自身の心持ちも異なります。初めて連れて行っていただいた海外の花木市場で花材を決めるので、デモの直前まで緊張が続きます。プレッシャーが大き過ぎてナーバスになることもありますが、花をいけた後の拍手や歓声、観客の方々が取り囲んでくださる瞬間のあの喜びは格別です。それが、さまざまな土地でのデモを続けている理由かもしれません。

主役は花だけにあらず
全ての植物に美を見いだす

花も枝も葉も主役になれる。それこそがいけばなの魅力です。だからこそ花だけではなく植物すべてを均等な目で見ています。枝や葉がメインにもなるというのは、いけばなならではの世界観ではないでしょうか。いけばなでは「枯れもの」と呼びますが、枯れてしまったものにも、それにしかない美しさがあるんです。流木には川を流れてきたからこその佇まいがあり、古木にはその歴史を感じさせる美しさがある。その個性一つひとつに感動しながら、大切にしていけていくのがいけばななのです。

草月流初代家元の言葉を書いた花伝書の中には、「花は美しいがすべてのいけばなが美しい訳ではない」という一文があります。今ここでいけている花は、本当の意味で美しいのか。それを考えながら作品に向き合うことが大切だということです。花はそのままで美しいけれど、それをさらに美しくしていくのがいけばな。自分がいける意味を投影することで、人の心に届くものでなければと思うのです。その上で「敷居が高い」「床の間にいけるもの」といった、いけばなのイメージを払拭したいという思いもあります。いけばなは「時代に生きる」花であり、その時代に存在する空間に合わせていけるもの。そして誰もが自由にいけて楽しめるものなのです。その斬新な感覚は現代美術に近いのではないでしょうか。

四季折々の美しさを感じられる
そこにしかない魅力を持つ庭を

私が庭を手がけるのであれば、見た人の心を惹き付けるためにも、他と同じではなくどこかに新しさを取り入れた空間になるよう意識します。それから四季を楽しめる庭ですね。植物には四季があるからこそ美しい…だからこそ特別な存在となるのです。最近は、桜が春に咲くことは知っていても、他の植物の季節感には無関心な方も多いでしょう。ですが、四季の変化を感じることは大切なことだと思います。どんなに美しくても一年中同じ景色ではつまらない。春には春の庭、夏には夏の庭を楽しむ。四季折々の庭が感性を刺激するのではないでしょうか。

私自身の庭を自由に作るとすれば、その土地に合った四季の花や木々をふんだんに植えた庭を造りたいです。また、自然のままを大切にした小さな林もあるといいですね。海外でデモを行う際には、花材を調達するために現地の方の庭に出向いて植物を切らせていただくことがあるのですが、土地柄や季節感を感じさせる花木には圧倒的な力があると思うからです。それに市場で切り花を調達すると、どうしても長さや形などに制約がありますが、庭にある植物を自由に使うことができれば自分の思い描いたとおりの花・葉・枝などが手に入りやすくなる…そう考えるだけで嬉しくなります。枯れた葉や枝ぶりの良い枝に出会うことで、想像を超える作品ができるかもしれません。花や木との一期一会の出会いが息づいている庭は華道家にとって素晴らしい環境であり、それこそが私らしい庭。その庭にしかない魅力を放つ、大谷美香にしか作れない庭を作りたいですね。

大谷さん

枠にとらわれない新しい発想で「いけばなの魅力」を伝えたい───。いけこむごとに草花を際立たせていく大谷さんのいけばなは、辺りの空気までをも華やかに彩りました。さまざまなオーダーに応じながら四季の彩を大切にし、そしてその土地色をいかすことで独自の魅力を放つように…。大谷さんが語ってくれたいけばなへの真摯な眼差しと取り組む姿勢には、庭づくりに通じる想いがありました。

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